途方にくれてホームページ
ホームへ立松和平関連ページ各地の話題など身近な風景きままに掲示板、投稿関連リンクパージへ
『同級会』

 高校の同窓会事務局から会費と名簿作成寄付案内が送られてきた。不名誉な事に、住所不明者リストには私のクラスが一番多く名を連ねている。8クラス45名360人。高校卒業当時は何度か会合を持ち、互いの結婚式にも呼び合っていた者も、年賀状のやり取りさえ途絶えがちだ。そこへいくと中学の同級生80人は行き先知れずはほとんどいないが、離婚、破産等々、あまり知られたくない情報までもが名簿同様について回る。
  僕らの時代でも、高校進学者は半数。下宿になるために、頭が良くても家の都合で進学できない者も沢山いたから、担任の真船、志賀先生は何度も親を説得に歩かれ苦労されたようだ。
 頭のいい順番は誰もが知っているから、偉ぶるやつもいない。そんな山奥の同級生だから、成人式、歳男・歳女の際には先生も含め多くが集った。その後皆と約束している「還暦を祝う会」準備会は、否応なしに毎年開催され、誰となく10数名での宴会となる稀な同級生仲間だ。
「おぅ、今日は珍しく博一が来ている」、「女は仁子一人か、だめだ誰か呼べぇ」、「勝がいねぇが、死んだか」などなど、荒い言葉が飛び交うが、気にする者などもいなくまた延々と酒瓶が空いていく。
「毎年かわらねぇ顔ぶれだなぁ」。
 今まで三人が亡くなっている。
 還暦まで、歯が抜けるがごとく、一人一人抜けることなく、元気な顔ぶれに、案内葉書を送れる事を願っている。

『娘と息子』

 大学2年の娘は東京でアパート暮らし、行った当時から、恥ずかしいを知らない性格が高じ、家賃以外の小遣いはアルバイトの掛け持ちで賄っているので大変助かっている。どうも学業の方はおろそか気味だが、またそれも親の背中で育った結果だ。
 性格が相反する高2の息子は、入学当時駅員に尋ねることも出来ないで電車にも乗れなかったが、この頃は乗継も苦にしないで友達と何所へでも歩けるようになる。
 担任への進路相談で、姉の学生生活への憧れか大学へ進みたいと言い出しているそうな、仕送りに定年が追い打ちとなり、まだまだ心配事も山積みなのだが、巣立つ日はそう遠くない。
 せめて少しの間、一緒にアパート暮らしをしてくれたらと、無理なお願いをしてみようか。