「茂田ばあ回顧録」
今の栃もちは美味しいよ。
ばあやの作った栃もちは美味しくなかったなあ・・・。
あの当時は、食い物がなくて大家族。もち米より栃の実が多かったんだから
美味しくないわなあ。それでも、楽しみで楽しみで臼から千切ってもらって
食べたもんだ。
村の決まりで彼岸まで栃拾いはご法度。彼岸過ぎると家々がこぞって山に入り、家の庭先に栃の実が干されたもんだが、この年齢になるとネズミが引ききれねえくれい栃の実が生っても拾いにも行けなくなった。情けねもんだ。
今は、もらった栃や、頼まれた栃を剥くくらいになってしまって、自分もだいぶばあ様になったもんだ。これからは、ばあやに教わった事を少しでも、息子や嫁だけでなく、地域の人に伝えていかんなんねえなあ。
「嫁からのはがき」
ばあちゃん、搗き立ての栃もち届きました。何時もありがとう。
早速、ご近所にお裾分けして、大変喜んでいただいております。始めは栃もちの作り方を説明するのも大変でしたが、最近は楽しみにしておられるようで鼻高々です。今年は栃の実が不作と聞いておりますがどうですか。栃もちを分けている友人が、ばあちゃんが栃を拾えないと聞き、栃の木なら同じだろうと、街路樹から沢山栃を拾って来てくれました。山の栃とは幾分違うのでしょうが、今度冬支度に帰るときに持ち帰りますので、また美味しい栃もちをお願いします。息子、娘も楽しみにしております。寒くなりましたので、無理なさらずにお過ごし下さい。
「ばあ様」
昔は大人も子供も無く家の仕事はみんな手伝わされたもんだ。栃の実拾いにしても家族総出で山に入って競争のようにして拾った。拾った栃の実はムシロ一杯に庭先で乾して何年も保存しておいた。よく乾された実は十年、二十年たってもそのまんま変わらなくつかえるから、二階には何年も前の栃の実がいっぱい積まれていた。なんせ大家族で食べるのに困っていたからなあ。栃もちは、乾した栃の実を一晩湯につけてもどしてから一粒、一粒皮を剥いていく気長な作業だが、あば様の手伝いをしながら、教わるでもなく覚えたんだなあ。今の皮剥き道具は、じい様が作ってくれたもんだ。剥いた実を神社から湧き出る水に一週間くらい晒してから灰とまぶすのだが、この加減がばあ様でねえとダメで、ひでい餅になって幾度も叱られたもんだ。今でもこの灰くれいが一番難しいなあ。なんにもねえから囲炉裏を囲んで、じい様、ばあ様の話を聞くことが楽しみだったなあ。囲炉裏の火はゆぶいんだけど気持ちよくて、ばあ様の膝で幾度もキドコロ寝してたもんだ。そんな囲炉裏も無くなったもんだから、栃の実より、いい灰を確保することの方がよっぽど大変になっちまって、こんな事物知りばあ様も予想がつかなかったべえなあ。