魂の置き場所 |
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後記
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初版発行:2007年11月30日
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南極で考えたこと |
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☆はじめに − 南極の旅へ
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初版発行:2007年11月30日
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伝統工芸、女性の匠たち織る、染める、焼く・…‥至宝12人の「技」と「生き方」 |
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◎まえがき
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初版発行:2007年10月30日
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二荒 |
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初版発行:2007年9月25日
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道元禅師
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道元禅師
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一 清盛入道
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十六 大宰府
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初版発行:平成19年7月25日
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初版発行:平成19年7月25日
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あとがき - 道元禅師の御生涯を書く
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戦後民主主義教育で、人間は平等だと教わった。勉強が出来るやつも出来ないやつも平等だと。では、なぜ勉強しなければならないのか、と疑問に思った。
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晩 年 |
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後記 「三田文学」編集長加藤宗哉氏とは、不思議な縁がある。お互いに学部の学生の時代は終っていたが、終って間もなくの頃である。加藤氏は「三田文学」に小説を発表し、私は「早稲田文学」を舞台として創作活動をしていた。お互いにライバル視するところがあり、加藤氏がよい作品を発表すると、すかさず私も読んで、闘志を燃やして新たな作品に向かっていったものだ。三十五年以上も前のことである。私たちには文学の青春時代といったところであったのだ。 あれから幾星霜をへて、「三田文学」編集長になった加藤氏から短篇小説を書かないかといわれた時、私には過ぎ去った時というものが整ってきたのである。思いをこらしてみれば、消えていった時の中で同様に消えていった数々の人がいる。私の中に生きている人々は、私がその人のことを忘れてしまうと、少なくとも私が支えていた分だけの存在が消滅する。そのことを痛みのような感覚として感じたのである。
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初版発行:2007年6月6日
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知床の四季を歩く |
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あとがきにかえて ヒグマと暮らす奇跡の空間 知床は野生の生態系がよく残っているところである。知床半島の奥地にいくと、ヒグマが数多く生息している。野生のヒグマを見ることは、それほど困難ではない。ここに知床の特異性があるのだが、そこには漁師たちが定置網の漁業を営む番屋があって、無人の大自然というのではない。
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初版発行:2007年5月31日
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まきば
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初版発行:2007年3月12日
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大洪水の記憶木曽三川とともに生きた人々 |
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おわりに ー 伊勢、裏木曽、木曽三川、そして志摩の海へ
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初版発行:2007年2月20日
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芭 蕉「奥の細道」内なる旅 |
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後 記
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初版第1刷発行:平成19年1月30日
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地球の息 |
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後記
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初版発行:2006年12月31日
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