象が眺める
後 記
そこで尊師は朝早く、内衣を着け、衣と鉢とをたずさえて、ヴェーサーリー市に托鉢のために入って行った。ヴェーサーリー市において托鉢をして、托鉢から帰ってきて、食事を終えて、象が眺めるように(身をひるがえして)ヴェーサーリー市を眺めて若き人アーナンダに言った。
「アーナンダよ。これは修行完成者(=わたし)がヴェーサーリーを見る最後の眺めとなるであろう。さあ、アーナンダよ。バンダ村へ行こう」と。
(「ブツダ最後の旅」中村元訳岩波文庫)
私の好きな場面である。ブツダは自らの最後をさとり、故郷に向かって旅をはじめる。八十歳のブッダにとっては、この世でなすべきことをなし終え、この世の一つ一つに別れを告げていく。ヴェーサーリーでは雨期の九十日間の修行、夏安居(げあんご)にはいる。ブッダはここで托鉢にいく。死の直前まで、身体を動かすことのできるその時まで、ブッダは自らの修行をしていたのだ。帰ってきてブッダはアーナンダにいう。
アーナンダよ。ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ雲樹の地は楽しい。ゴータマカ雲樹の地は楽しい。七つのマンゴーの雲樹の地は楽しい……
(「ブツダ最後の旅」中村元訳岩波文庫)
目に触れるものすべてが楽しくて美しい。ブッダはこの世のことを一切否定せず、全肯定の目をしている。これがブッダが生涯かかって獲得した目なのである。
この「ブッダ最後の旅」は私には生涯の書物であり、ここに描かれているインドの場所にもいってみた。今はヴァイシャリと呼ばれるヴェーサーリーにも足を運んだ。ヴァイシャリの郊外で、私は「象が眺めるように」大きく身をひるがえして、街のほうを眺めてみた。もちろん私はブッダのようにふるまってはみたのだが、そのことはまわりの人には黙っていた。私の心の中にだけあった光景である。
あの時の私の人知れぬ動きのように、私は本書の題名を「象が眺める」とつけてみた。あの時と同じくさまにはなっていないかもしれない。ましてブッダのように全肯定の目を持つことはとてもできない。そうではあるのだが、私は象が眺めるように大きな動作で世間を眺め渡してみるのだ。
日々に追われて書き継いでいった文章を、本書にはおさめてある。こうして毎日文章を書くのは、私にとってはブッダが托鉢行にでるようなものだ。ブッダはその行で日々の糧を得るのであるが、同時にそれは人々と出会うためでもある。私の願いは、できることならブッダのように、死の直前まで自らの足で大地を踏みしめてその行をつづけたいということだ。
そのような意味から、私は本書の題名にやや大きな身ぶりの言葉をつけさせていただいたのである。
二〇〇六年夏、緑の葉陰の東京にて
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