消えた猫 | |||
我が家には猫が三匹と犬が一匹いる。猫はどれも子供の時に捨てられていたもので、犬は息子がもらった犬の腹の中にはいっていた子犬をもらった。どれもが雑種だ。 雄猫のチムが行方不明になった。家の前の細い坂道で古いガス管を交換する工事が行われ、コンクリート舗装を切断するすさまじい音が響き、深い穴が掘られて太いガス管が埋設される。毎日作業員がたくさん集まってきて、土煙が舞う。 猫にとっては理由もわからないうち、突然風景が変わったのだ。大型機械が唸(うな)り、何かが攻めてきたようで、恐ろしかったのに違いない。そのチムが五日間姿を見せなかった。猫は家から五十メートルと離れないといわれていることを信じ、妻と私はチム、チムと名を呼びながら必死で探しまわった。 拾ってきたから正確にはわからないのだが、チムは推定年齢十歳で、人間に換算すると六十歳ぐらいらしい。このところ弱っているような感じで、猫は死ぬ時は飼い主の元を去っていくという話を思い出した。しかし、私の家ではこれまで十数匹の猫がきては去っていったが、どれもが身近なところで死んだ。 チムは六日目にふらりと姿を見せ、餌を食べて出ていった。生きているのがわかって安心した。ところが再びいなくなり、どこかで死んだのかなあとあきらめかけていると、また六日目に帰ってきた。外に出ないようにと一晩家の中に閉じこめておいたら、そのあたりに糞(ふん)尿をして、外に出ていった。今は縁の下にじっとしているのがわかっているから、そっと餌を置いておく。 ガス管工事はまだつづいている。東京はビルばかりになり、野良猫の生きる空間がなくなってしまった。 日本経済新聞(夕刊)2008年5月21日(水) |
|||