聖護院晋山式
 知床から漁師の大瀬初三郎さんと我が親友の佐野博さんがやってきた。折から東京の桜は満開であった。知床にはまだ流氷が残っていて、春網を建てるには少し間がある。最初にやってくる魚はサクラマスだ。
 桜が咲く頃に川を遡上するからサクラマスの名がついたが、知床では桜よりも早く魚のほうがやってきてしまう。知床で数々獲れる魚のうち最も美味なのがサクラマスだと、二人は声を揃える。
 二人がきたのは、京都の本山修験宗聖護院門跡第五十二世宮城泰年大僧正の晋山式に出席するためである。私たちは知床に毘沙門堂を建て、毎年六月の最終日曜日に法要を行っている。そこに京都や奈良のお坊さんとともに、宮城猊下(げいか)は毎年参加される。
 お弟子たちと山や海岸で法螺貝(ほらがい)を吹いて、大漁満足や海上安全を祈ってくださる。大瀬さんの番屋をはじめ知床では、この四年ほど大漁である。
 私もいっしょにいった京都も桜が満開で、人がたくさん出て交通渋滞がひどかった。花に囲まれた聖護院での晋山式も無事に終り、ホテルでの祝宴に移った。そこで成田屋十二代目市川団十郎が、歌舞伎十八番「勧進帳」の弁慶の装束で本山派の結袈裟をかけ、山伏問答を演じた。間近で見る成田屋は大変な迫力であった。
 その夜東京に帰った。東京下谷の法昌寺の花見が上野公園で催され、知床の二人と私は参加lした。福島泰樹住職が知床毘沙門堂の導師なのである。おかげでその日のうちに私たちは京都と東京の桜を見ることができたのだ。上野駅を降りると、上野公園の暗闇の底から宴会の地鳴りのような歓声が湧き上がってきた。こうして親しい人と毎年花見ができるといいものである。

日本経済新聞(夕刊)2008年4月16日(水)

戻る