花粉症を逃れて
 今年は杉花粉がことに多く飛来するとの予報がでている。このことで頭を抱え、世を呪うような気持ちになる人も多いだろう。私の妻も花粉症がひどく、春の声を聞くとくしゃみが止まらなくなり、涙と鼻水が出て、頭がぼんやりとしてくる。花粉症の季節は妻にとっては、年間三ヵ月から四ヵ月ある。その間は平常な生活ができない。
 現在のところ私には花粉症はない。まわりの人がどんどん花粉に苦しみはじめる様子を見るにつけ、いつまで無事かはわからないと案じている。妻はいろいろ対策をしてみたのだが、最も効果があるのは杉花粉のないところにいくことだ。
 試しに沖縄にいくことにし、那覇にビジネスホテルを二晩とり、妻と二人で飛行機に乗った。復帰前から私は沖縄に船でしばしば訪れ、旅費が尽きてベトナム戦中のアメリカ兵相手に歓楽街で働いたりして、そのことを小説に書いた。いわば青春の地なのである。もちろん日本に復帰してからも何度も足を運んだ。
 那覇の町を歩きまわっての結論は、短期賃貸マンションやビジネスホテルがいくらでもあるので、その気になれば杉花粉からの逃避は可能である。しかし、肝心の妻が、あなたじゃあるまいしいつまでも家を空けられない、というのであった。
 妻との二泊三日の思いがけない旅行になり、首里城を見物にいった。書院が見事に復元されていた。建築材はイヌマキで、沖縄ではチャーギという。この木が沖縄に材として充分にはなく、九州から取り寄せている。私は文化財の修理材をとる「古事の森」を、森林管理局に協力して全国に八箇所つくった。九番目の「古事の森」のため、今年また十一月に沖縄にいく予定だ。

日本経済新聞(夕刊)2008年2月27日(水)

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