ベトナムで日本酒造り
 ベトナム中部の古都フエは雨ばかり降りつづき、太陽が見えない。私にはベトナムは暑いという先入観があり、半袖ばかり持っていった。フエの十月十一月十二月は冷たい長雨で、街の低いところは水がでている。人が首まで水につかって歩いていた。 ホテルで私は日本人と会い、一杯やりませんかと誘われた。日本料理店にはいると見慣れない日本酒があり、「越の一」という。かの日本人は酒造りの杜氏であった。
「わしらフエの地酒つくっとる」
杜氏の関谷聡さんは百八十種類あるベトナム米から、においのしないものを選び、日本酒造りをしている。もちろん熱帯のベトナム米は細長くて低カロリーのインディカ米てある。ベトナムで日本酒造りするのに、日本米を使っていたのでは意味がないというわけだ。純米大吟醸は六〇パーセントは磨く。 純米にこだわり、基礎のしっかりしたよい酒に仕上がっている。軽快な華やかさもある。越南(ベトナム)で最初に醸された日本酒だから「越の一」という命名に、志が込められている。関谷さんと意気投合した私は、翌日酒蔵を訪ねる約束をした。その晩は泥酔して眠った。
蔵の風情は日本と変わらないが、もちろん働いているのはベトナム人だ。米屋から入ってくる米が毎回違い温度湿度が毎日違う。夏は簡単に四〇度を超え、雨が降ると湿度が高くなって麹がべちゃべちゃになる。関谷さんの仕事は、蒸し上がった米を見て麹室で温度と湿度の管理を経験的に変更し発酵の修正をかけることと、味を一定に保つため壜詰めの前にブレンドすることだ。前夜私は別の日本人からこう聞いた。
「ハノイの日本人は楽しみにしています」

日本経済新聞(夕刊)2008年1月9日(水)

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