国土交通省にて
 国土交通省に用ができた。国土交通審議官と、厚生労働事務次官と、団塊の世代が680万人の大量退職をする「二〇〇七年問題」について議論するためである。国土交通省といわれてどこにあるのかわからなかったが、タクシーがつれていってくれたところは、東京駅に向かう時にいつも前を通っている建物だった。
 建物の前には警官がいて、はいる人をチェックしている。私は身分証明書の提示を求められた。当然のことである。
「運転免許証では駄目ですか」
 私は身分証明書というものを持っていない。小説家はどこにも所属しないからだ。
「そんなもの、誰でも持っているから駄目です。会社の証明とかあるでしょう」
 そういわれたが、ないのだ。農民や主婦も身分証明書といわれて、提示するものはない。中央官庁でありながら、庶民を見くだしているようで腹が立った。困っていると、横のほうに防寒コートを着た女性がいて、電話で審議官に取りついでくれた。
「免許証ではいれるようにしなければいかんなあ」
 顔見知りの審議官は小さなトラブルを私に向かって謝りながらいった。次いではじまった討議はなかなか楽しかった。高度経済成長期がはじまった昭和三十年代終わりから、水や鉄や石油を大量に使う工業を適度に配置して、日本の工業化を引っぱっていこうとする政策が立てられた。しかし、ここにきて都市型の先端をいく産業は大切なのだが、日本の国土全体を考えると、田園も豊かでなければならないという政策に転換されようとしている。
「船にたとえれば、波を切る先端だけを見ていても駄目です。胴体も尻の部分もあって船全体を構成しているわけですから、きちんと問題意識を持つべきです」
 国の政策を立案する国土交通審議官は、このように力説した。本当にその通りだと私は思うのである。現在この国のバランスは大きく崩れているからだ。
絵:山中桃子
BIOS Vol.62 07.1.20