ボクシングの人生
 久しぶりに後楽園ホールにボクシングの試合を見にいった。年間の席を買っている友人に、来年からもう買わないから最後だと誘われたのである。
 別の話があるので、友人とはまず酒場にはいった。話しながら少し飲み、タクシーを拾って後楽園ホールに急いだ。ちょうど四回戦の5試合と、六回戦の1試合が終わったばかりで、ロビーは煙草を吸う人でごったがえしていた。
 この日デビュー戦となる新人が3人いて、一組はテビュー戦同志となる。しみじみと人生を感じさせるのは四回戦の試合なのだが、終わってしまったのでは仕方がない。
 リングに女性歌手が上がり、演歌を歌いだしたのには驚いた。次に同じ歌手がエレキギタリスト二人を従え、ロックを歌い出した。演歌っぽいロックであった。
 少し前まではボクシングの殿堂の後楽園ホールで、真剣な試合の間に歌謡ショーをするなど考えられなかった。リングは男の神聖な戦場で、張りつめたボクシングの試合があればそれでよかったのである。何もかもが娯楽化している。
 日本ライトフライ級二位の気鋭の日本人選手と、タイの選手との試合があった。タイ選手は一応格好はっけているが、どうやって倒れようかと、一番楽な道を探っているようだった。明らかに出稼ぎにきている。案の定、2ラウンドでノックアウト敗けになった。
 リングサイドの席にいると、打たれている選手のうめき声が聞こえる。悲しみが伝わってくる。試合をして、その先に栄光が待っていればよいが、それにしても必ず敗北がある。選手と、野次を飛ばす観客と、立っている場所があまりにも違う。
 私はかってホクシングジムに通い、熱烈なホクシングファンでありた。しばらくぶりで後楽園に足を運び、こんなに苦しい青春を送っている若者が今もたくさんいることを、頼もしく思ったしだいである。ボクシングには人生がある。
絵:山中桃子
BIOS Vol.52 06.03.20