北上川
重厚な写真集である。なんの予備知識もなくページを開き、私は襟をただす気持ちに素直になった。ここには生活をしてきた人々と、その人々を支えてきた風土が、重層的に描かれている。
橋本照嵩、
春風社・3500円
 宮城県の石巻とおぼしき、なつかしくも古風な街のたたずまいがある。商店街は砂利道で、そこに馬車が通り、オート三輪が走っていく。漁船の上では漁師たちが飯を食べ、馬市では人々が馬の下腹をのぞき込み、身なりのよい男が何を隠すわけでもなく札束を数えている。誰もがあけっぴろげに生きている。そんな時代が確かにあったのだ。
 写真もあけっぴろげだ。市井の人たちの中に、写真家の肉親や友人もまぎれ込んでいるとみえ、それが写真集の世界を分厚くしている。人が生きることがまず大切で、写真がピンボケだろうが手ぶれをしていようが、そんなことはたいした問題ではないと思わせる力にあふれている。
 膨大な時間が流れ、人生の元手を惜しげもなく注ぎ込んでいる。写真家の心象風景を見せられたような気がした。心象風景も、実際に写真に撮ることができるのだ。そのために写真家は、これまでの人生をこの一冊に込めたのだ。近年の収穫といえる写真集である。
朝日新聞2005年12月11日(日)