週間読書日記
処女出版にはヒリヒリするような感覚あり
6月×日 中国漸江省の省政府の招きで、第3回漸江省世界祭に参加する。古い友人の中国作家協会・陳喜儒さんの呼びかけを、日中文化協会の横川健さんが取り次いでくれた。この作家会議の総責任者は、中国作家協会副主席になった陳建功だということだ。陳建功は20年来付き合っている親友ともいうべき中国作家で、どんどん偉くなった。こちらは何も変わらないのである。
 日程の都合で上海経由でいった。機中で松岡達宜の処女歌集「青空」(洋々社2400円)を開く。歌集にかぎらず処女出版というのはヒリヒリするような感覚があるものだ。松岡は50半ばにしての処女歌集だ。〈不幸が帽子のごとく似合う父ありき風ばかりのボストンバッグも〉
 などの歌が心に残った。70枚書いた福島泰樹の解説が圧巻であった。
6月×日 中国は激しく変貌している。実は先月も反日デモの吹き荒れる中を福建省にいったのだが、人々はきわめて親切で、なんの不安もなかった。今回の作家会議は19カ国29人の作家とジャーナリストが参加した。日本からの参加は私1人であるが、もちろん代表というのではない。たまたまである。
 夜、陳建功と彼の部屋で話した。彼はきわめて忙しく、小説もあまり発表できていない。あと4年経つと定年だから、そこから小説に専念するつもりだという。私は彼を現代の北京の魯迅と思っている。私などの感覚からすれば惜しいと思う。彼は私の思いがわかっている。このことはお互いの了解事項である。
6月×日 今回の旅には、主催者に請われ、妻も同行した。杭州といえば西湖であり、また道元の修行の旧跡である径山寺などを巡る。禅寺は私だけのスペシャルオーダーだ。
 隙を見つけては島尾敏雄著「死の棘日記」(新潮社2200円)を読み継いでいる。私は島尾さんを作家として最も尊敬し、ほとんどの作品を読んできた。実生活を書いた今度の日記を読み、改めて慄然となった。
日刊ゲンダイ 平成17年6月16日