見川鯛山の断筆
 今、私の机の上に「見川鯛山、これにて断筆」(フーガブックス)という本がある。そこには「読者のみなさん」という手紙が添えられていて、こう書いてある。
 「ですけどもう晴れがましい舞台で踊れません。やせほそった手足をさすりながら、楽屋のすみっこに屈みこんでいるしかありません。
 いまごろ遅いくらいです。
 ですからこれが最後の本です。
見苦しいお芝居の終幕を引かせてください。
 さようなら、みなさん、ありがとうございました。
 2004年初秋 見川鯛山」
 見川さんがもうこれ以上作品を書かないのは、お歳になって年をとったからだという。誰だって年をとるのだが、高齢になって書けなくなったから断筆すると宣言した作家は、長い文学の歴史において見川鯛山をおいてほかにいないのではないだろうか。たいていは沈黙しつつそのまま消えていくのだ。
 ここではっきりと筆を祈るという宣言をし、そこにつきあってくれる出版社があるというのは、見川さんは自分だけの本当の晩年を送ろうというのかもしれない。
 原稿はそもそも自己実現のために書くので、書けば読まれたいとか、世間の目にとまりたいとか、どうしても俗世間との関係を考えてしまう。見川さんはそんなことよりも、最後の自分の時間を大切にしたいと考えているのだろう。こうして自分の時間を完全にコントロールできるのは、幸福な人なのである。
 見川医師は病人がいればスキーをはいて往診にいき、治療代のかわりにジャガイモや大根やソバ粉をもらってきて、それでいいとしていた。那須にもいろんな人間がはいってきて、風景はすっかり変わった。経済万能の時代にはもう書くこともなくなったのだと、見川さんはいっているようだ。
 時代が変わったことを感じつつ、私はしみじみと見川さんの最後の作品を読んでいる。
絵:山中桃子
BIOS Vol.37 04.12.20]