一番遠いところ
 東京を中心にしたとして、一番遠いところはどこだろう。もちろん、時間を遠さとして考えた場合のことである。
 私がよくいく北海道の知床は遠い。知床の語源であるアイヌ語のシルエトクとは、地の涯てという意味である。もちろん地球は丸いのだから、どこが中心ということもないかわりに、どこが地の涯てということもない。そうではあるのだが、知床は遠くて、原始の風景は辺境と呼ぶのにふさわしい。
 まずどのようにいくかといえば、羽田空港から女満別空港に飛ぶ。それで1時間半である。そこから斜里の町までクルマで1時間、字登呂までいっても1時間45分くらいで、3時間15分ということになる。空港での待ち時間を計算すれば、なんとなく4時間ほどはかかるということになる。
 感覚的にいえば、四万十川河口の中村や、それより先の足摺岬が遠い。足摺岬のある土佐清水は、高知から160キロある。高知から中村へも、100キロ近くある。最近はどんな造でもよくなり、しかも渋滞も少ないのであるが、高速道路が通っていないから遠く感じる。高知から中村へはJR中村線もあるが、その先はクルマでいくしかない。
 紀伊半島の先の串本のあたりも遠い。東京からの一番の近道は、羽田空港から南紀白浜に飛び、タクシーで白浜駅にいき、そこから紀勢本線の電車に乗るのである。先日古座川町にいったのだが、遠いなあと実感した。南紀白浜空港でレンタカーを借り、熊野街道を海岸沿いにいってもよい。悪い道ではないが、曲がりくねっているので、スピードを上げることはできない。

三重県海山町
 先日、小中学校の先生たちの集まりに呼ばれて、三重県紀伊長島町と尾驚市に挟まれた海山町にいった。戦後に合併して新しくできた町で、海と山との間にあるから海山という名がつけられた。わかりやすいといえばわかりやすい。
 だがここも遠かった。車まを午前8時3分発のぞみ105号に乗り、名古屋に着いたのが午前9時43分である。名古屋でワイドビユー南紀3号に午前10時6分発に乗り、紀伊長島に着いたのは正午をわずかに過ぎて午後12時10分であった。そこから海山までは道路工事のために少々遅れ、会場の公民館に着いたのは午後1時であった。つまり、5時間かかったということである。
 現代の日本で、離島にもほとんど飛行機でいってしまうから、5時間というのは相当に遠い。しかも、講演は午後3時からであったから、2時間も待機していなければならなかった。なんとなく無駄な時間ができたのは、紀勢線の特急は2時間に1本しかないからである。これはもう、じたばたしても仕方がないことである。
 翌日の昼頃に、私は奈良の斑鳩町にいかなければならなかった。法隆寺のある斑鳩町である。どうやっていったらよいかしばし考え、結局名古屋にでて新幹線で京都にでて、そこから奈良線で奈艮にでて、関西本線で法隆寺にいくことにした。遠まわりではあるが、それが一番近いように思えた。そのためには名古屋で一泊しなければならない。あとで三重県津市の北にある亀山というところから関西線で奈良にいけることがわかったが、新幹線や名古屋の切符を手配してしまったあとだったし、便数も少なく時間もかかるので、はじめの予定のとおりにした。
 ところが海山町から名古屋に戻るのがまた難儀なのである。急ぐから苦しくなるとわかっていても、急がなければならない理由がある。紀伊長島までクルマででて、2時間に1本の特急を待たねばならないのである。
 その時、クルマで名古屋にいくという人が現れ、便乗させてもらうことにした。その人によれば、松阪で近鉄電車に乗れば名古屋には早く着くということだ。しかし、電車は1時間に1本しかなくて、津まででれば伊勢方面からと奈良方面からの2系統の電車が名古屋に向かうことになり、30分に1本あるとのことである。その夜は私は名古屋で仕事の打ち合わせの約束があったから、できるだけ早く着かねばならなかった。

国道42号緑
 午後4時45分に、海山町の公民館をクルマで出発した。国道42号線をただひたすらに北上する。紀勢本線に沿って走る国道は、時折海のほうに接近する。青くて美しい海である。小さくて人が住むことのできない小島が散らばっている。それぞれの島には名前がついていて、持ち主がいるのだろうなと思ってみる。工事渋滞がひどく、尾鷲に向かうクルマは長蛇の列である。
 紀伊長島の手前で国道260号と分かれ、これは海岸沿いを走って伊勢志摩方面にいくのだが、42号は山のほうにはいり、大宮町、大台町、多気町を通って松阪に向かう。このあたりは高速道路がないので、まわりのドライブインも元気そうである。長距離トラックが多くて、運転手が休息をとるからだ。大宮町にはその名のとおり伊勢神宮の摂社滝原宮があり、そこが休憩所になっているのだが、すでに暗くて営業をしていない。神社のある森は、吸い込まれそうな暗闇である。このあたりは山がちで、全体に暗い。
 松阪の手前で、伊勢湾自動車道にはいった。もちろん信号もないし、速度もぐーんと上がるのである。交通量も少ない。松阪、嬉野、久居とインターチェンジを過ぎ、次が津である。津で降りて駅に向かうことと、電車の待ち時間のことを考えると、このまま名古屋に向かってもたいして変わらない。乗せていってくれた人にも迷惑をかける割合は少なくてすむかもしれない。
 そのまま進んだ。問題は名古屋に近づいてどうなるかということである。芸濃、閑、亀山、鈴鹿、四日市、桑名、長島、弥富、蟹江ときて、名古屋にはいっていく。途中、第二名神だろうか、名阪なのだろうか、巨大なコンクリートの塔が建っている工事現場の横を通る。夜、照明をつけての工事だから、余計大がかりに見えるのだろう。
 思ったほどの渋滞もなく、名古屋駅には午後8時に着いた。一度小休止をしたものの、全体で3時間15分のドライブであった。
 しかし、まだ名古屋に着いただけなのである。
カーイオ 2003年2月号