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知床に毘沙門堂を建てたのは、阪神淡路大震災のあった年で、今年で七年目になる。七年目は、別に筋目というわけでもないのだが、知床毘沙門祭は、今年も盛大に行われた。年々盛んになり、五百人ほどの人が集まった。法隆寺、金閣寺、銀閣寺、清水寺の管長や執事長がこられるのは、いつものことであるが、今年は興福寺の管長さんもいらっしゃった。また法隆寺の各関係で日本経済新聞社の社長も遊びにきて、ここに書く余裕もないほど珍客があふれた。法要は、厳粛におこなわれ、その後が野外パーティーだ。
牛の脚を一本焼くのもいつものことである。牛の脚は一本で七十キロあり、肉をとれば相当の分量だ。食べきれずにたいてい余ってしまう。ホッケの開き、ホタテ、アスパラとどんな御馳走がでたか考え、私はいろんな人に話しかけられてろくに食べる時間もなく、全体を掌握できていないことに今さらながら気がついた。そのかわり、冷えた生ビールだけは思う存分に飲んだ。ビールは、人と話しながらでも飲めるからである。
そのたくさんの人の中に、打木馨の姿があった。打木は、ウチキ・カヌー製作所でカヌーをつくっている。那珂川でいっしょにカヌーに乗ったことがあり、それ以来の仲である。
少し前に彼から電話があり、いつ頃知床にいくかといわれたから、七月一日の毘沙門祭の日には必ず行ってると話しておいた。それから何度か連絡があり、知床毘沙門祭の日にくるらしいということはなんとなくわかった。
打木は、奥さんといっしょに車でやってきた。四輪駆動車に野外遊びの道具をたっぷりと詰め込み、車の屋根にはカヌーを二台積んでいた。彼は茨城県ひたちなか市に住んでいるから、大洗まで行ってフェリーで苫小牧までいき、途中キャンプをしながら知床まで走ったということだ。打木は四十五歳で、奥さんの裕子さんは、二十四歳である。なんだか中年の親爺が、アウトドアだなんだと格好をつけて、若い娘を誘惑したふうであった。
私の説明が足りなかったのか、彼の想像を超えていたのか、まわりにはテントが張られて御馳走が山と積まれ、五百人からが盛大に飲んだり食べたりしている。そんなところに不意にはいったら、誰だってびっくりする。居場所がなさそうにしている彼らに、とりあえず好きなものを食べてもらった。
一段落してから、彼らは新品のカヌーを車の屋根からおろした。素晴らしいカヌーだった。奥さんの裕子さんが主につくったもので、私の山小屋に置いていくというのだ。高価なものだから私は困るといったのだが、私に乗ってもらうためにつくって遙々持ってきたのだという。まさかもって帰れともいえず、とりあえず山小屋に置いておくことにして、二日後にこのあたりの川で試乗をすることにした。
「この素材はカーボン・ケブラーハイブリッドといいまして、最新鋭航空機の素材です。ピストルを射っても弾は通りません」
自信を持って打木がいうとおり、軽くてがっちりしたカヌーである。カーボン・ケブラーは、F1などのレーシングカーに使う素材である。以前パリ・ダカール・ラリーに参戦した時、車重を軽くするため車体をカーボン素材でつくりたかったのだが、高価で手がでなかった。結局強化プラスチックのFRPを使った。途中ドアがはがれて落ち、私は一日半ほドアを持って走ったのであった。カーボン・ケブラーは、私にとっては夢の素材である。ましてハイブリットがつくのだから、上等なのだ。
宴は果て、五百人からの人はそれぞれに帰っていった。受け入れ側の人は片付けをする。山小屋に泊まったらどうかと私はすすめたのであるが、打木夫婦は山小屋の庭にテントを張った。夏はそのほうが気持ちよいかもしれない。何処にいっても不安がないほどの装備をしている。
カヌーはカワセミ号といい、製作者の打木馨と裕子の名前が書いてあった。パンフレットにはこう書かれている。
「私々、ウチキカヌーは、従来のFRP製カヌーの概念を覆す性能のカヌック(マヌー+カヤック)を製作いたしました。最新鋭航空機の素材と設計技術を駆使し、日本を代表とする航空機とカヌーの専門家の協力により、約十年の研究開発期間を経て完成したのが”カワセミ(KINGFISHER)”です。
”カワセミ”は単一性能を目標とするカヌー(例えば、レーシング・スラローム艇等)とは異なり、アウトドアーでのあらゆる条件下において平均点な合格ではなく、個々の極限の性能を目標に設計されています。」
たかがカヌーというなかれ。一挺をつくるために命を賭けている人がいるのである。
後日、打木夫婦と知床の友人何人かと、私はカヌーを乗りにいった。雨が降らず、水位が低くて、カヌーを浮かべる川が見つからない。隣の小清水町にいき、止別川(やんべつ)に舟を降ろした。カヌーに乗る人は少ないが、かねがね私はよい川だと思っていたところである。なるほど打木が控え目に、だが強い自信に満ちていうとおり、安定性がある上に、走破性がある。その上、荷物を入れるスペースがたっぷりあるから、テントや食料を積んでのツーリングもできる。
私にはこれで知床の楽しみが増えたのである。打木夫婦は私の山小屋の近くの川で釣りなどをして、ヤマメやオショロコマを燻製にした。宇登呂港でホッケをたくさん釣って、宅配便で家に送った。何日間か彼らのやり方で知床を楽しみ、サロマ湖のほうに去っていった。
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