あとがき
　小説をはじめて発表してから、私は四十年の歳月を過ごしてきた。中心に書いてきたのはもちろん小説であるが、その間にも書評や解説や随筆やいろいろな文章を綴ってきた。それらのうちには、書いた記憶はまったくないということはさすがにないにせよ、微かな感触しか残っていない文章もある。
　黒古一夫氏の編集によって、こうして書評や解説に関わる文章を一堂にならべることができた。改めて通読してみると、私は本に限りない滋養をもらって生きてきたことがわかる。ことに同時代を生きた同世代の作家たちの作品を読み、刺激され、あるいは批判をして、お互いに影響を与えあってきたその足跡が、くっきりと見える。
　黒古氏にもそのことが読み取れるとみえ、本書のはじめは北方謙三、中上健次、村上龍、増田みず子とならべてある。そのことを忘れるなよといっている黒古氏の声が聞こえる気がした。これらの作家のうち、中上健次は四十五歳になったばかりで癌との闘病の果てに鬼籍にはいってしまった。死因は癌というより、時代と全力で闘い、まわりの人間の無自覚さに苛立ち、満身創痍で憤死したという趣きが強い。中上の死を夭折といいたい気がするほど、今から見れば若い。一方、私は細細と書きつづけてきて、暦はついに一巡りし、還暦を過ぎたのである。
　そこで本書のタイトルを、中上健次へのオマージュを込めて、「枯木灘」について書いた文章の表題をとり、「物語を生きる小説家の至福」とすることにした。
　校正刷りを読みながら、私には様様なことが思い出されてくる。「新潮」編集部に呼ばれてボツになった原稿を抱え玄関に出たところで、同じようにボツ原稿を持った北方謙三と顔を合わせた。北方と私はボツ友達という雰囲気であった。北方はPR誌に寄稿しながら喰いつなぎ、純文学小説を書いていた。その後ハードボイルドの世界に道を求め、「三国志」「水滸伝」で一世を風靡し、今日なお大流行作家の道を歩いている。 「文芸」の編集者金田太郎の紹介があって、夜の新宿あたりで中上健次とはよく会って酒を飲んだ。中上は羽田空港で航空貨物会社フライングタイガーでフォークリフトの運転をしていて、私は時折山谷にいき日雇い労働をして生活費を稼いでいた。どちらも肉体労働者で、自分たちが書くべき文学について熱心に語り合ったものだ。お互いに歩くべき確かな道が見つからない、あまりに若い時期であった。
　高橋三千綱とも夜の新宿でよく会った。中上にしろ高橋にしろ同世代であったが私より何歩も先を歩いていて、私はただただ眩しいような感じで彼らの背中を見ていた。その後道が少しずつ離れていくのは仕方のないことである。中上とは棲む世さえ変わってしまったのだが、やがてまた同じ場所にいることもあるだろう。
　私自身が書いたものでありながら改めて編集されてみると、本としてまったく違う相貌をおびてくる。新しい表情をとった本書を読み、私には文学的青春時代といったものが、まざまざと甦ってきたのであった。

二〇〇九年七月吉日
光まばゆい季節の東京にて

関連リンク-＞

出版リスト-＞

１号　特集　中原中也　（20009年9月刊行）
２号　特集　宮沢賢治　（2009年12月刊行予定）
３号　特集　全共闘と文学　（2010年3月刊行予定）
４号　特集　満　州　（2010年６月刊行予定）

（体　裁） A5判並製・約300頁・季刊（年四回刊行）
（価　格）　　本体一七〇〇円＋税
（編集委員）　福島泰樹（歌人）・立松和平（作家）
　　　　　　　太田代志朗（作家）・黒古一夫（評論家）
　　　　　　　竹下洋一（歌人）
（装　丁）　　間村俊一

http://www.bensey.co.jp/book/2112.html

関連リンク-＞

出版リスト-＞

関連リンク-＞

出版リスト-＞

関連リンク-＞

出版リスト-＞

　『日光』は、極限の「生」とは何か、「死」と隣り合わせた「生」はどのようにあるべきか、またそのような状況下で人間はいかなる心で現実を超えようとするのかといった根源的な問いに、昨今では珍しい「純愛」物語を加えて成った作品である。物語の時間が過去と現在を行き来する旧作『二荒』での構成から、『日光』では自然な流れとなるよう各章が再構成され、作者からのメッセージもより鮮明となり、全く印象の異なる佳品となった。

黒古一夫（文芸評論家）

＊本作品は新潮社刊『ニ荒』を改訂し、全体の構成を全面的に変えて出版する作品です。

関連記事-＞

関連リンク-＞

出版リスト-＞