白い砂漠
 ノルウェーのトロール基地からロシアのノボラザレフスカヤ基地を経由して昭和基地に至ったのだが、途中は茫漠たる白い世界の上空を飛んでいった。もちろん途中に人家があるわけでもなく、山も平原も海もただただ白くて、土地の区切りというものがない。永遠の時間の中を進んでいるような錯覚を覚えた。
 私にとっては既視感のある風景であった。パリ・ダカール・ラリーで迷い込むようにしてはいったサハラ砂漠に似ているのだ。サハラは灼熱の地獄で、砂丘か連続する恐ろしい大地を、二年間で二度も横断したのである。赤茶けた砂の色と、純白の雪と氷の色とは違うのだが、地形や全体の雰囲気が、南極はサハラ砂漠に似でいるなと私は感じたのである。
 南極大陸は巨大な氷の塊であるが、この氷はすべて大気中から供給される雪が降り積もってできたのである。降雪量は南極平均では年間五十センチ、水にして百五十ミリほどだとされる。実際の水の量は見かけよりずっと少ない。海水が蒸発して大気にまじる分などもあるにせよ、供給される水の量は降る雪だけだといってよいだろう。つまり、サハラ砂漠と同様に、極度に乾燥した世界なのだ。白い砂漠なのである。
 ずいぶん飛んでから、岩石研究者で南極大陸をこよなく愛している本吉洋一さんが説明してくれた。もちろん時間を置いてなのたが、このようである。
「あれがセール・ロンダーネ山地。こっちがやまと山脈。あっちがポッンヌーテンで、あれが流速が世界一速い白瀬氷河だ」
 いずれも壮大な風景である。白瀬氷河は流れている姿が見えるわけではないが、驚くほど幅の広い、ゆっくりと蛇行した氷の河である。白瀬氷河は白瀬矗(のぶ)にちなんでつけられた地名であるが、世界的にも日本人の名前が冠された地名は少ない。間宮林蔵の間宮海峡は、日本の国だけで呼ばれているそうである。
 飛行機の窓から南極大陸を眺めていて、地球の壮大な息吹きを感じ、熱いものを覚えた。地球はまさに生きていると実感したのだ。南極にはじめてきて、若い時にはじめてこんな感動を持つと、この大自然に生涯魅了されるのであろう。南極が人の一生を決めてしまうということがよくわかる。
 眼下は白一色の氷の世界である。氷の表面からわずかに茶色い山頂をのぞかせている山々があり、それよりも遥かに数多くの山々が氷の底に沈んでいるのだ。
 天地一枚とはこの光景である。

「極」2009年 国立極地研究所

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