登山の健康法
健康法として私がずっとやってきたことは、木刀の素振りであった。深夜家の横の往来や近くの公園にいき、木刀の峰を尻に当てて爪先立ちながら大きく振りかぶって、切先が地面に触れる直前に手の内を絞って止める素振りを、百回やる。次に正面に相手が立っていると想定し、前後に動きながら面を打つ正面打ちを百回である。一振り一振り気合を込めて計二百回の素振りをすると、全身がうっすらと汗ばんでくる。
 寝る前にする素振りが私には何よりの健康法であったが、東京に越してきて家の横でいつものように木刀を振っていると、巡回パトロール中の警官に何をやっているのかと尋問された。単なる健康法なのだが近所の治安を乱すと思われたのか、道路は人が安全に歩くためにあるのだと注意された。公園も不審がられるので素振りはできない。結局東京では道場にでもいかないかぎり木刀の素振りはできないのだと思い知り、それ以来やっていない。
 現在の私の健康法は登山である。 月刊誌「岳人」に『百霊峰巡礼』の連載をしているので、月に一度は必ず登る。北アルプスの剱岳や槍ヶ岳など厳しい山も含まれていて、それなりの覚悟を持って登らなければならない。雨が降ろうと風が吹こうと、スケジュールがとれないので必ず登る。信仰の歴史のある山を登るということだが、冬もやや低山にはなるにせよ、必ず月に一度は登るのだ。帰ればもちろん原稿を書く。
 はじめは次の日など脚が痛く、引きずって歩いていたものだが、しだいにそれもなくなった。少しずつ強くなっているのだろう。必ず登らなければならないので、普段からできるだけ歩くようにしている。駅なども可能なかぎり階段を登るようにし、エスカレーターがあれば右側を歩くようにする。
 歩くのが私の健康法だ。

「ケール畑」2009年7月

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