災害と文化
 私たちの歴史は、災害と向きあってきた歳月であったといえる。地震、火山噴火、台風、津波と激しい天変地異に襲われるたび、人間としての存在が試され、社会のありようが問い直される。人はどのように災害と向き合い、それをどう克服してきたかを知ることは、今後また必ず災害に襲われる私たちにとって大きな意味を持つ。
 軟らかい肉と熱い血でできた人間が、怒りと悲しみの中で災害と向きあう過程を知るためには、文学が大きな力を発揮する。文学は人間に寄り添っていくからだ。災害は社会の表層を剥(は)ぎ取り、裸の人間を出現させる。自然の猛威の中で生命を輝かせる人間は、文学のテーマとしても魅力的だ。
 日本ペンクラブは世界ペン・フォーラムとして、二十二日から二十五日まで東京で、「災害と文化」を主催する。この四日間、大江健三郎氏の講演ではじまり、井上ひさし氏の新作劇や、世界各地の作家たちの作品を、朗読劇やオーディオドラマや映画として発表し、当の作家に自作を語るとして登場願うという多彩な催しである。現在日本ペンクラブでは全力をあげて準備に取り組んでいる。
 私は天明三(一七八三)年七月の浅間山大噴火を素材にして長篇小説「浅間」を書いていて、それを原作としたオーディオドラマを出品する。土石流で鎌原(かんばら)村が完全に呑み込まれ、村の人口五百九十七人のうち生存したのはわずか九十三人であった。
 村の再生の物語は感動的だ。生存した全員に親族の約束をさせ、家族を再構成したのである。夫を失った女には女房を流された同世代の男をとり合わせ、老人や子供を養わせた。貧しさの中でまず祝言を上げるところから、村は甦(よみがえ)っていったのだ。

日本経済新聞(夕刊)2008年2月6日(水)

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