男の居場所探し講座
 琵琶湖の東、湖東地域に位置する近江八幡宮に東京からいくのは、新幹線で京都で乗り換え、東海道線でいく。新幹線の経路でも少し戻らなければならないので、時間を無駄に使っている感じがしてくる。今日では私たちはそれほどに忙しい暮らしをしているということだ。
 近江八幡宮は琵琶湖と暮らしていた人々の、昔ながらの街並が残っているところである。だが今回の用件は、そんな古きをたずねる快い旅ではない。
 NHKで「飛び出せ定年」という番組があり、60歳で定年をむかえた人がその後どうやって生きていったらよいかを探るのである。近江八幡市福祉協議会が、男性の定年者のために、「男の居場所探し講座」を開いている。月に一度で7回の講座は、料理教室やボランティア活動や討論会である。社会で一定の役割を果たしてきた大の大人が、なぜこんな初歩的な講座を持つか。それは男が地域社会では初心者だからである。
 私が会った人は、京都に約1時間かけて通勤していた。京都から会社のある嵐山まで約1時間、一日の通勤にかける時間は約5時何である。朝暗いうちに家を出て、帰宅は深夜である。これを三十数年くり返してきた。これが平均的サラリーマンの実態だ。
 会社は縦社会である。上に向かって登っていき、60歳になったらたいていはその社会から出なくてはならない。縦社会がなくなり、日の前にあるのは地域という横社会なのである。そこに溶け込もうとしても、どんな人が住んでいるかわかっていない。
 縦社会は役職やら序列があった。上下関係でできている。そんな価値大系の中でしか生きてこなかった人は、いきなり地域の横社会といわれても、どのように対応していいかわからない。料理も奥さんまかせできたので、一人になると何もできない。そこでどうやって生きていったらよいか教えてくれる講座なのだが、私ももちろん他人事として聞くことはできなかった。
絵:山中桃子
BIOS Vol.61 06.12.20