宇都宮のろまんちっく村
 お盆もすんで静かになった一日、過ぎゆく夏の日を惜しむ気持ちがあり、妻と宇都宮に出かけた。泊まるところは、落ち着きを求めて宇都宮のろまんちっく村にした。宿泊施設が、幸いなことに一部屋だけ空いていた。
 東京から車をとばしていったので、少し暗くなってから着いた。農林公園内の農業振興の施設ということはわかっているのだが、私は一度だけ地ビールを飲みにいったことしかない。独特の地ビ−ルのうまさが、喉元の感触として残っている。
 部屋に落ち着き、とりあえず温泉につかった。市民温泉だから、人もたくさんはいっている。一昔前まで、市内に天然温泉が出るなど考えられなかった。明るさを微かに残す空を見ながら温泉につかっていると、故郷も変わったものだとしみじみ思う。
 食堂にはいり、地ビールを飲みながら夕食をとった。こちらは妻と、二人だけだが、まわりは家族連れである。夏休み最後の土曜日で、お父さんが家族にサービスをしているのだろう。どのテーブルも子供を一人か二人達れた家族単位だ。
 「あの頃が一番幸せなのよね。子供は親のいくところどこでもついてくるし、進学とか大きな悩みもなくて、家族がいつもいっしょにいられる。でも本人は今が幸せだとは気がついてないのよね」
 ビールを飲みながら、しみじみとした口調で妻がいう。私たらの二人の子供はそれぞれに結婚をし、それぞれの道を歩みはじめた。夫婦二人が残され、すぐそこに老後が待っている。 しかし、この静かな時が幸せだったなあと思うこともあるかもしれないのである。
 時の流れと幸せについて考えながら、食後に再び温泉にはいった。昼間ほ混雑していたのだが、夜は宿泊客だけしかいなくなる。他には誰もいない露天風呂にはいると、空には星が降るほどに輝いているのだった。
絵:山中桃子
BIOS Vol.58 06.09.20