私的知床(その5)
至福の時

 幕れも押し詰まった一日、知床の仲間たちが私の山小屋に集まった。知床の山河に親しむようになって、そこに暮らす人たちと心の交流を始めた。友人の勧めもあって、私は中古の小屋を安く買っていたのである。
 ドラム缶を半分に割ったコンロに木炭をおこし、鉄板をのせる。鉄板にはバターを溶かし、腹から開きにしたサケを丸ごと置き、ジャガイモやタマネギなども並べる。日本酒で溶いたみそをサケに塗っていく。
 サケは漁師が、野菜は農家が持ち寄ってくるので、いつの間にか豪勢なパーティーのようなことになる。私はみんなが集まるきっかけになっているに過ぎないのかも知れない。だが、楽しいのでそれでよい。
 本来は、鉄板の代わりに雪かき用のスコップを使った。以前正式にやろうとして、スコップを炭火の上にかけたら、柄が燃えてしまったことがあった。サケに火が通るのが待ちきれず、箸でスコップの縁をたたいたから、「チャンチャン焼き」という名が付いたとも言われている。
 サケが焼けると、身をばらばらにして野菜に混ぜる。良いにおいが流れ始めると、我慢できなくなってみんなベランダに出て行く。皿に盛ってもらう。皿の中に知床の自然の精髄が詰まっているのだ。
 片手に持ったマグカップで近くの雪をしゃくりとり、ウイスキーや焼酎を注いで飲む。目は薪ストーブの炎を見て、耳は友の話を聞いている。知床では仲間と過ごすこんな時間が、私にはうれしい。

朝日新聞 2006年2月25日