「アンコールの遺跡にいかないか」
 カンボジアにいかないかといわれた。巨樹をめぐる番組をつくりにいくのだ。アンコールに、タ・ブロームという寺院がある。そこだけは昔アンコールの遺跡がジャングルから発見された当時のまま保存されるということになっている。
 ところがスポアンという名の生命力の強い樹木が繁り、石積みの遺跡の間に根を張っていく。
スボアンは10年もすると10メートルの高さの大木になる。スポアンは遺跡を崩しながら、同時に抱えて支えている。矛盾した存在である。このタ・ブローム寺院と巨樹スポアンを見にいき、文学者として語ってくださいというのが、私に対してのNHKの依頼であった。
 その昔、私はカンボジアにいったことがある。最低の資金を持ったバックパッカーとしてであった。横浜からバンコクまで船でいき、生まれてはじめて飛行機に乗ったのが、バンコクとプノンペンの問であった。2度目がプノンペンから香港である。
 アンコールはシエムリアープという街にある。プノンペンからシエムリアープまでは乗り合いタクシーでいった。5人乗りの乗用車に8人ぐらい乗り、狭い悪路をかっとばしていく、危険なタクシーであった。それが一番安かったのである。ほぼ1日かかった。
 プノンペンもアンコールも、夢のように美しかった。カンボジアが泥沼の戦争に入る前で、年表で調べると1979年のことであった。あの壮麗なアンコール・ワットやアンコール・トムの遺跡を、その後私は夢に見るほどであった。
 そのアンコールにいかないかと誘われ、私は二つ返事で了解した。なんと35年ぶりである。
しかし、予定表を見ると、どんなに日程をひねり出しても4日間しかない。その日程でいき、徹夜の飛行で関西空港に帰り、大阪と奈良の十津川村で仕事をする。その楽しくも苛酷な仕事をして、家に帰ってきたばかりである。
絵:山中桃子
Bios Vol.38 04.11.20