「薬を届けに」
 北海道の女満別空港に降りると、カメラマンが迎えにきてくれていた。私は1年間かけて知床の特別番組をつくっている。羅臼にもう少しで着きそっな時、カメラマンのケータイに連絡があった。東京の私の事務所に大至急電話を入れるようにということだった。私も一応ケータイを持っているが、かける専門で、ふだんは切ってある。こんな時には不便なものである。私は心配になってすぐ自分のケータイにスイッチを入れてかける。妻の声が響いてきた。
「薬を忘れたでしょう。駄目じゃない」
 私にはなんとなく毎日飲まなければならない薬があるのだが、今回は1泊2日なので、飲まなくても別に大事があるわけではない。
「これからすぐ持っていくから」
 薬を飲まなければ大変だとかたくなに思い込んでいる妻は、このようにいい張る。結局くることになり、女満別到着は19時35分だ。羅臼から女満別空港までは2時間半近くかかる。北海道で長距離ドライブに慣れているという若いディレクターが車を運転してくれるということになり、私といっしょに迎えにいくことになった。
 その日の撮影は海中の予定で、コンブの森に秋がきたというシーンである。ところが台風が近づいていて、海が荒れている。潜水などとてもできる状態ではない。そこで川にいき、群をなして泳ぐカラフトマスに、50センチほどまで近づくことができた。
 17時に羅臼を出発し、夕暮れの道を女満別に急いだ。道は広いし、車も少ないのだが、国道なのでそうとばすことはできない。走っている途中で真暗になった。大地の彼方に光の固まりがあり、そこが空港なのだった。
 ターミナルで待っていると、大勢の人とともに妻が降りてきた。戻りの便で帰ってもいいと妻はいうのだが、羅臼に泊ってもらうことにした。羅臼は温泉なのである。
絵:山中桃子
BIOS 04.9.20