猫のひげ「二つのお祝い」
 友人の沼尾博行が宇都宮市役所の部長になった。これはめでたいことである。私も宇都宮市役所に5年9ヵ月勤務したのだが、彼は私より1年早い入所である。彼とは高枚時代からの友人で、考えてみれば、お互いに人生の大半を傍らで過ごしたことになる。そんな親友が出世するのは心楽しいことだ。
「何もできないから、とりあえずワインでも送ろうか」
 妻と私はさっそく相談がまとまり、近くのワイン専門店から発送してもらうことにした。ワイン専門店には、妻と娘とでいった。日本酒や焼酎はともかく、私はワインのことはよくわからない。
 5月の連休に私は妻と字都宮に帰省し、郊外にある彼の別荘のトレーラーハウスにいった。新緑のいい季節に山菜を摘み、
天麩羅を揚げ、いろんな料理をしながら野遊びの宴会をするのが、ここ数年の私たちの習慣になっている。年に何度か、親しい友と会ってお互いの無事を確かめあう。私は彼と顔を合わせるなり、昇進のお祝いをいう。
 「うん、死ぬ気で働くよ。ドンペリ、ありがとう」
 彼はこういったのだが、最初何をいっているのか私にはよくわからなかった。ドンペリとは、高級なシャンパンの銘柄である。
「来月、親父が90歳になったお祝いをやるんだ。ドンペリはその時に開けるよ」
 彼は嬉しそうにこういった。ドンペリを選んだのは私の娘だつたということが、あとからわかった。最近結婚した娘は、友人からお祝いにドンペリをもらってとても嬉しかったからだという。
 お祝いの先のもう一つ先のお祝いに同じ贈り物が使われるのは、なんだか嬉しいことである。一つの贈り物が、二つのお祝いに使われるからである。
絵:山中桃子
BIOS 04.5.20