隅田川花火見物

イラスト横松桃子
 隅田川花火大会にいこうと宇都宮の友人たちを誘ったのは、花火大会のテレビの中継に毎年私はゲストで呼ばれ、特別席で花火を見ろことができるからだ。その席にはゲストのゲストも呼ぶことができる。三十万人とも五十万人ともいわれろ殺人的な人出に巻き込まれなくてもすむ。実に快適な場所で、日本一の素晴らしい花火が見られる。
 昨年の花火大会が終了した時点で、来年も頼みますと私はいわれていた。今年になってからも五月にテレビ局から電話がはいり、日程をおさえられた。いつも隅田川花火大会は七月下旬におこなわれるのだが、沖縄サミットがあって警官がほとんど沖縄にいかねばならず、警備が手薄になるから八月下旬となったのである。秋の気配も濃くなった八月の終わりに花火大会だなんて、江戸っ子としちゃ我慢ならねえという声もないわけではないのだが、三十万人とも五十万人ともいわれる男出を警察の警備もなくてさばくことはできない。決まったのだから仕方ない。
 私はその日宇那宮から友人の夫婦を三組招くことにした。浅草ビユーホテルの部屋を予約しようと電話をすると、花火の見える部屋は一泊一人五万円ということだ。一晩だけの破格な値段である。しかし、私たちには特別席があるのだから、五万円の部屋は必要ない。普通の部屋で充分だということで、私たちの夫婦の
分もいれて西部屋の予約をした。花火が終ってから、浅草のあたりで宴会でもするつもりである。
 花火大会の日はとんどん近づいてくるのだか、テレビ局から電話はかかってこなくなった。単に連絡が悪いのだろうと思っていたのだが、その日が迫るにつれ不安になつた。こちらからテレビ局に電話をするのも、自分の売り込みをしているようではばかられる。
 そうそこしているうちに、その日がきてしまった。とこでどうなつたのか、私の出演は消えてしまつたのだ。新聞のテレビ欄には別の人の名がでている。まあこういうこともあるのだが、私は浅草に友人を呼んでしまったのだ。
 昼間、私は明治公園のオリンピック記念青少年センターで講演があり、それをすませてからぶらぶら浅草に向かった。浅草ビユーホテルには午後四時頃集まろうということにしていた。地下鉄が浅草に近づくにつれ、浴衣を着た若い女性の姿が目につくようになった。団扇を持っている男たちもいる。花火大会が近づいているぞという雰囲気が、どんどん濃くなっていく。
 五年ほど前、妻と宇都宮にいって新幹線が上野駅に着いた時、その日は隅田川花火大会だと思い出した。思い立って地下鉄で浅草にいった。まだ空は明るくて、花火はまだはじまる前だったのだが、駅には人がいつぱいで身動きがつかなかった。電車は次々とやってくるので、警備の警官も早く群衆を駅からだしてしまわなければ危険だと焦っていた。そのために、歩いていく方向が決められた。警官の指示の通りに歩くと、隅田川からどんどん遠くにいってしまう。両側からビルが迫って空は狭く、花火などとても見られそうもなかった。それで次の地下鉄駅の田原町だか稲荷町だかまで歩き、そのまま電車に乗って帰ってきた。
 そんな経験があったものだから、隅田川や雷門からはできるだけ遠い出口からでることにした。改札口をでたところで、偶然なのだが妻と会つた。二人で群衆の流れに乗っていった。流れからは逆らえない。外にでると、群衆はどんどん隅田川のほうに向かっている。川岸の土手にはもう人がびっしりと集まっているだろう。雷門から浅草寺に向かう仲見世通りも、人がびっしりで歩けないほどだった。まず浅草寺の観音様にお参りしようと思っていたが、あきらめた。
 ホテルのフロントでチェックインをすませてかち尋ねると宇都宮のみんなはすでに到着しているとのことだ。顔せ合わせると、テレビで見た亀井戸の千円ショップにいき、浅草橋から歩いてきたそうである。東京を一生懸命に楽しんでやれとの気迫が感じられた。花火のはじまる午後七時にロビーで会うことにして、それまでは自由時間ということにした。女性たちはそれなりにショッピングをして、男の連中は居酒屋で一杯やってきたらしい。部屋にはいると妻は昼寝をして、私は原稿書きをする。
 午後七時近くになり、部屋の外にでると子供たちが走りまわっていた。一人一泊五万円の部屋は抽選になったそうだ。家族連れが幾組もいて、みんな花火を見るぞという気迫にみなぎつている。
 連れ立って外にでる。そこいら中人でいっはいであった。花火がはじまり、明るい夜空に騒然とした気配がひろがる。だが花火そのものは見えない。ホテルの前の歩道橋に上がると、ビルの隙間に赤や青の花火が夜空にくっきりと見えた。 その手前に遊園地花屋敷のメリーゴーランドがあり、そこに上がれば最高の花火を見ることができるはずであったが、そうするためにはまた長い行列をしなければならないはずだった。
 花屋敷の横を通って、浅草寺にいった。境内にはもちろん人がたくさんいたが、立錐の余地もないというほどではない。場所を選べば、なんとか見ることができる。裏の駐車場では一杯やりながら花火見物をしている。花火は二箇所でやっていて、どちらか一箇所ならばそれほど苦労しなくても見ることができる。
 せっかくだからと、本殿の前や五重の塔の横や、あっちこっちから花火を眺めた。特等で椅子に縛られるようにして見るよりも、こちらも自由になってする花火見物もいいと、負け惜しみかもしれないが、思ったのだった。